創業70年の今もサイクルスポーツの頂点に君臨、ロンドンのサイクリストのリスペクトを集め続ける英国サイクリングの象徴的ブランド
トム・シンプソンも、ウィギンスもロンドンに引っ越し、まだクロスバイクにしか乗っていなかった頃から「コンドル」の名前は何度も耳にしていた。自転車が好きなら使いこなしていないといけないショップらしいということは、みんなの口ぶりからすぐにわかった。
コンドルサイクルは、1948年、現在の社長グラント・ヤング氏の父モンティ・ヤング氏によって、現在の店舗と同じ通りに創業された。ホイールビルダーだったモンティはロードやトラックなどのレースに情熱のある人で、客のリクエストに応じて当時主流だったオーダーフレームを作り始め、フレームメーカーとしてもスタートを切る。
レーサーを熱心にサポートし、自腹を切ってチームを作りレースを回るモンティのコンドルサイクルは評判と厚い信頼を集めた。60年代のグランツールやクラシックで活躍したトム・シンプソンもコンドルに乗っていたし、ツール・ド・フランスで2連勝したブラッドリー・ウィギンスが今ある理由のひとつは、母子家庭で経済的に苦しかった十代の彼をコンドルがサポートしていたからもあるだろう。
ミック・ジャガーも、そんなレーシングな薫り漂うコンドルのファンで、60〜70年代当時、総カンパニョーロで組んだコンドルを何度もリピートオーダーし、マネージャーを通じてモンティに感謝の手紙まで送っている。
ロンドンに住んでいたことのあるエリック・クラプトンも70年代からのコンドルファンで、自分の分と友人たちにプレゼントする4台をまとめてラグからオリジナルでオーダーしたこともある。
コンドルのフレームはすべてイタリア生産
長年いくつものレーシングチームを運営、サポートしてきているコンドルサイクルは、現在は英UCIコンチネンタルチーム、JLTコンドルを持っている。チームの前身は2014年まで黒×ピンクのキットで「Men in Black」というニックネームもついていたラファ・コンドルで、クリスチャン・ハウスがジャパンカップでステージ優勝したのを覚えている人もいるだろう。
言うまでもなくコンドルのフレームは、UCIモデルを筆頭に、オリンピック金メダリストのエド・クランシーなどこのJLTコンドルの選手たちからのフィードバックを得て洗練を重ねられている。
2006年にスタートした英UCIコンチネンタルのラファ-コンドルは、JLTコンドルとしてツアー・シリーズ、ツアー・オブ・ブリテンなどで勝利を重ねている。2017年からはキットスポンサーとして日本発のアパレルPEdALEDが参加。photo / Tom Hardie
ブルックスの創業150周年記念コラボモデルCONDOR LEGGERO 150
イタリアの有名フレームブランドが次々に台湾などでも生産するようになっている中、コンドルのフレームはカーボン、スチールともにすべてイタリアの自社工場で生産を続けているのもファンとしては嬉しいポイントだと思う。全モデルでビスポークを受け付けているのも、比較的小規模な生産で、生産管理は1本ずつの手作りと実質大差ないからだとか。
最新機種でもなぜかロンドンの街によく似合う
初めてコンドルの名前を耳にしてから十数年が経ち、今はわたしもロードとシクロクロス、2台のコンドルに乗っている。RCC(ラファ サイクリング クラブ)のクラブライドに参加すれば、集まった10人のうち大抵1人か2人はコンドルに乗っている。
ダウンチューブに入ったCondorのあのロゴと、やや時代がかった大きめのヘッドバッヂは、イギリスのサイクリング史とますます発展を続けているロンドンを中心とした自転車カルチャーを象徴するブランドなのだ。フレームデザインやカラリングにも英国らしい正統を感じさせるものが多く、最新機種でもなぜかロンドンの街によく似合う。
コンドルのバイクに乗っているということは、ロードサイクリングカルチャーへの造詣とリスペクトがあることを無言で訴えるサインなのかもしれない。真剣なサイクリストなら1台はコンドルを持ちたいよね、というような。料理好きなら有次の包丁は1本は持っているよね、みたいなところだろうか。
yoko aoki 青木陽子
ロンドン在住 編集者・ジャーナリスト、サイクリスト。12台の自転車の置き場に困りつつ、「n+1」の法則に苦しめられながら、しかし今日も次に狙っている自転車のスペックチェックに余念がない。