フレームビルダーは、こう考える yuka kitajima

はじめまして、北島有花です。私は京都のガンウェルというブランドで“フレームビルダー”という自転車の職人をしています。フレームの設計から製造までフレームに関わる総てをこなし、今までプロ・アマを問わず何千人というサイクリストの身体と接してきました。このコラムはフレームビルダーからみた、自転車の選び方や考え方について話をしようと思います。自転車だけでなく、いつの間にか身体に対する考え方の革命!が起きるかもしれません。

「何に乗るか」より「どう乗るか」。

それが大切なポイントになるんです。少し大げさですが、意識をしなかったら、激安ママチャリも100万超のスポーツ車でも差はありません。その「意識」は何かは、別の機会にしますが、自転車屋さんには様々な車種が並んでいます。「ママチャリ」と呼ばれる一般車から本格的なスポーツ車、太いタイヤのMTB……最近は電動アシスト自転車も多くあります。

そんな駅前駐輪場のような店内で、頭を抱えていると、店員が声をかけてくるでしょう。ここで明確に「レースに出たい」とか、「週末に20㎞ぐらいサイクリング」と、答えられれば次のステップなのですが、「いやぁ、健康のためにぷら~っと…」という曖昧な人も多くいます。そんな本音を抱えつつも、最初に目的やゴールを掲げないと、“志の低い人間”という烙印を押されそうで、「体重を5㎏減らして、琵琶湖1周とかも……」

そんなに頑張らないで下さい。

自転車に乗るのは、義務ではありません。最初はぷら~っといきましょうよ。オーダーフレームを頼むときも一緒です。一品モノに目的がないなんて、私も以前は、考えられませんでした。日本一周をしたい、表彰台に乗りたい、競輪界のトップクラスにいきたい、そうした明確な目的がないのなら、オーダーフレームなど作る意味がないと思っていました。同じようなビルダーさんは多いでしょう。

目的は後回しになってもいいんです。

「なんとなく」や「ぷら~っと」とはじめるわけですから、そのままでもいい。オーナーのぼんやりした世界観に芽生えを与え、輪郭を描くことが私の仕事です。それでは次回から、その自転車への「芽生え」を育ててみましょう。

 

ロードバイクが欲しくなったら、雑誌の記事を読んだり、ネットで情報を検索したり、近く専門店があるなら足を運んでみますよね。でも、価格、寸法、パーツを見ても、自分の希望に合っているのかを判断するには知識が必要です。敷居の高さを感じるかもしれませんが、最初は誰だって初心者です。難しく考えなくても大丈夫。ここで、あなたに質問します。

「ロードバイクで何がしてみたいですか?」

「あなたの観たい風景は?」

この2つの質問だけで、あなたの買うべき自転車の方向性は分かります。そんなにがんばって考えずに、休日にサイクリングとか、街中を走っているロードバイクみたいにとか……なんでもOK。

ちなみに、私がロードバイクに惹かれたのは20年前。都内の大渋滞の中をクルマでノロノロ走ることや、電車の殺人的ラッシュが嫌になっているときに、借りたスポーツバイクに乗ったことがきっかけでした。それまで苦しめられた、時間と混雑から解放され、心が晴れやかになったのを今でもはっきりと覚えています。 そして、もっと速く走るって? より遠くってどんな景色? その感動がもっと知りたくなりました。

新しいことをはじめるときは、なんらかの動機があります。

ツール・ド・フランスを観てレースに興味を持つ人もいれば、近隣の街にあるパティスリーを巡るポタリングだって、スポーツバイクの醍醐味です。道の駅まで果物を買い物に行くのだってサイクリングを始める立派なきっかけです。そのきっかけを教えてください。

2つめの質問の答えも一緒。答えは漠然としたもので結構です。都心の渋滞を颯爽とすり抜けるのも、新緑の高原や紅葉の湖畔をマイペースで走るのも、峠道を仲間と競い合うのもすべてロードバイクの世界観の1つです。そして、この二つの質問で、あなたの買うべきバイクの方向性が決まってきます。

買うときは、しっかりと目的を決めて……

よく言われる常套句です。オーダーフレームに限らず、ロードバイクの「常識」は多目的を嫌ってきました。同じツーリング車でも、軽装のロングライドなのか、1泊2日なのか、3泊4日なのかで車種が異なるのです。通のサイクリスト=自転車の台数が多い、と。部屋が自転車だらけで、自分の居場所が……は、デキるサイクリストの証みたいなものでした。

それぞれのシーンに究極を求めるなら、その方向性は正解です。けれど、ほとんどのサイクリストはそれを求めていません。もっと多様性があるほうがいいし、そんなに台数を持てません。

だから、自転車は1台にしましょう。

フレームビルダーがそんなこと言っていいの? 何台も作っているユーザーの立場は? と、思ったあなた……ご心配ありがとうございます。でも、自転車は1台でいいのです。究極のフレームについては、基本の1台が終わった後です。まずは基本となる1台を決めます。

あ、最初にお断りしておきますが、どんな用途にも使える都合のいいジャストサイズはありませんよ。

自分でジャストサイズに「育てて」いくのです。自転車選びは結婚みたいなものです。好きだからといって一緒になっても、生活していく中では合わないこともたくさん出てきます。靴下をぬぎっぱなしにする夫に、洗濯機をまわすところまで育てるか、結婚後、油断して太めになった妻に、美容と健康のためダイエットを決意させるかは、あなた次第。1台と長く付き合う努力もしてくださいね。

釣った魚にエサをあげない、ではいけません。

 

初心者がスポーツバイクのカタログをみて最初に驚くのは、実に細かく種類があることでしょう。最適な1台を探し当てるのは困難に思えるでしょうが、まずは基本を理解することが大切です。スポーツバイクはユーザーの体格に合わせて、最適なポジションがとれるようにサイズが何種類も用意されており、スポーツ用のシューズと同じく、ブランドや金額や用途よりもサイズが大切です。ですから、最適なスポーツバイクを探す上で一番重要なのは、脚と腕の長さに見合うフレームを見つけることです。そして、あなたの目的に適したロードバイクに導いてくれるのがショップであり、そのスタッフです。

最初に近所の自転車専門店を探します。ショップ&店員は自転車にとって“かかりつけ医”と一緒。パンクなど日常のメカトラブルから、どこを走ったら気持ちいいコースがあるのか? 一緒に走ってくれる仲間がほしい……いつでも、なんでも相談できるショップがあるとバイクライフは大きく変わります。ホームセンターでもスポーツバイクは購入できますが、他店で購入した自転車のメンテナンスを断るショップも少なくありません。それは贔屓にしてくれるお客さんに満足してもらえるサービスをするためで、自転車を買うことがショップへのパスポートになるのです。

お店にはひとりで行きましょう。

私たち販売する側からすると、話をしたいのは、あなたです。予算や目的は決まっているのか? 過去にどんな運動をしてきたのか、好きなスポーツやサイクリングへの不安など、伺いたいことはたくさんあります。もしも都合よく売りつけられるのが不安……と思うなら、お薦めする理由を納得するまで質問してください。一説によるとロードバイクは3000点ものパーツから構成されているといいます。これにフレームの設計の理由まで含めると、そう簡単に説明できるものではありませんが、初心者にわかりやすくエッセンスを伝えるのもプロの仕事です。この店員とは話が合わない……と感じたなら、「検討します」と言ってカタログをもらって帰ってくればいいのです。

【フレームビルダーは、こう見ている】

厳密には人それぞれで違いますが、あなたの自転車を診れば、そこには大きなヒントがたくさんあります。たとえば、ポジションを見れば修正方向は検討がつきます。今回は一つひとつ説明しませんが、ビルダー目線で判断すると、あなたとショップのコミュニケーションも予想がつくものです。私が思う初心者にとって適切なフレームとポジションになっているとすれば、以下の数値に近くなっているはず。

サドル高は簡単な数式で目安が出せます。

まず脚を肩幅まで開いて、自分の股下寸法を測ります。

・股下×0.84=BBの中心からサドル上面

例えば股下75㎝なら、BBの中心からサドル上面までの長さは63㎝になります。

適切なサドルの高さはペダリングをスムーズにし、力強くペダルを踏めるようにします。逆に言えばサドルの位置が体格やスキルに合っていないとパフォーマンスは落ちます。脚長を測って、カタログからサイズを選ぶところもありますが、もし身長だけ尋ねて「あなたはこのサイズ」というショップだとしたら要注意。大切なのは脚の長さです。

次はハンドルの位置です。これは腕の長さと身体の柔軟性でおおよその位置が決まりますが、平均的な身長の男性ならハンドルとフレームをつないでいるステムという部品の長さは90–110㎜です。私は身長が低いのでステム長が60㎜と短くなりますが、本来は適切なトップチューブ長のフレームを選び、90–110㎜のステムでポジションが出るのが理想です。

初心者が専門店のスタッフに意見するのは難しいでしょうが、ステムの長さが極端に違う場合は、理由を質問してみましょう。残念な話ですが、中には不良在庫を処分するために無理なサイズを売りつけるショップもあります。と言いつつ、私のステム長は60㎜です。これにはキチッと理由があります。数値だけが正義ではないので、疑問があったらスタッフに聞いてみてください。1分間にペダルを70回こぐとして、1時間乗れば4200回も足を動かすのです。その動きをなるべく楽にしてあげましょう。

 

ロードバイクを手にして1ヵ月も経てば、いろいろなことが大きく変わります。細くて軽い走行感のタイヤに戸惑っていた人は、スピードに慣れてもっと速く走ることに興味が湧く頃でしょう。30㎞先の街を遠くに感じている人だって、数ヶ月もすれば100㎞オーバーのロングライドにも挑戦してみたくなります。サドルに跨がる回数が増えれば増えた分だけ、走った距離が伸びるほどに自転車の感覚が変わってきます。

というのも、最初は転倒しないように安全性を優先したセッティングをして、お客さまに納車します。ただ、あなたのライディングスキルも向上するので、いつまでも同じ感覚の訳がありません。すぐにセッティングなどの見直しをすべき時が訪れますが、ここでトラブルを抱えてしまう人は3つのパターンに分かれます。

【無頓着型】

多少お尻が痛くても、肩がこっても、自転車とはこんなものかなぁ……と乗り続けるタイプ。メンテナンス?何それ?です。

【過剰反応型】

新製品のセールストークや他人のアドバイスに過剰反応し、パーツを換えたくなる人はこのタイプです。正しい原因と結果を把握していないので、無限の買い物ループにはまります。

【忍耐型】

腰がいたくても腕がしびれても、それは自分のスキルのなさとフィジカルのせいだとし、身体に負担を強いる状態を受け入れ続けるタイプです。

の3つの複合型もありますが、どれも“快適な自転車”を育てる観点では良くありません。バイクとの対話を楽しめるようになれば、必ずスキルは上がり、スキルが上がればもっと楽しくなります。

それぞれ違うタイプに見えますが、共通していることがあります。どれも「自分の本当の声にしっかり向き合っていない」のです。そこを改善していきましょう。

無頓着型さんは、少しの違和感でも問題視することから始めましょう。

過剰反応型さんは、その問題点は本当にパーツを変えるほどなのかを客観視しつつ自問してください。

忍耐型さんは、プロのフォームや雑誌の特集など、決して無理をして乗っていない他人に目を向け参考にしましょう。

どの型の人でも、困ったときは無理に自分だけで解決しようとせず、信頼できるショップスタッフに相談しましょう。

とりあえずここでは、このどのタイプにも共通して起きるトラブルのうち、私が接してきた中で最も多い3つは……

【お尻が痛い】

クッション材の量をではなく、大切なのは坐骨幅にあった製品選び。坐骨がサドルにしっかりと乗っていなければ、身体の中心はペダルを廻すたびに不安定になり大きくブレてしまい、パッド入りサイクルパンツをはいてもお尻の痛みは解消されません。

サドル選びの基準は座骨幅になりつつある

 

【膝が痛い】

ギヤ比の選択は少し物足りないかな?でOK! 負荷は大きすぎても、小さすぎても股関節の負担になります。力を込めて漕ぐのではなく「廻す」感覚を忘れずに。ケイデンス(回転数)は数値で管理できれば理想ですが、平地ならゼエゼエハアハアならない鼻呼吸だけで走れるピッチにします。

身長に応じてクランク長を見直しましょう。通常、170㎜のクランクが装着されていますが、身長175㎝の人と155㎝の人とでは、同じクランクでも股関節の可動範囲がかなり違います。負担を少なく廻すためには、大雑把に言いますと、初心者は身長の10分の1の長さをフランク長の目安にしてください。

 

アメリカではショートクランクが流行りつつある

 

 

【手や肩、首が痛い】

腹筋や背筋が十分についていないうちは、ハンドルの高さはサドルと水平が基本。手の小さい人はレバーのセッティングが原因の可能性もあります。レバーの位置を手前になるように調整すると、痛みだけでなくブレーキングも改善されます。調整してもレバーが遠い場合は、ハンドルを交換。また、適正なハンドルの幅かもチェックして下さい。肩幅より少し狭い、まっすぐ「前ならえ」したその手の内側の幅が適正値です。ステムは前回説明したような「ふところ感」が出せる長さに合わせます。

グローブをしていても振動で手や肩に影響がでるなら、タイヤの空気圧を低くすれば振動を解消してくれます。スポーツバイクらしくハイプレッシャーにしたいところを抑えて、初心者は熟練者の2割減ぐらいからスタートしてみましょう。熟練者が7.5BARぐらいなら、6.0BARにします。

楽しく楽チンに気持ちよくということを目指し、トラブルを生みそうな芽を摘んでも、乗っていれば何かと不具合が出てきます。その不具合の原因を解明して解消していくことが「自転車を自分に合うように育てる」ということです。

 

 

どんなベテランでも判断ミスをします。ですから専門家の意見を聞くことは恥ずかしいことではありません。カラダの発する声に耳を傾け、不具合の原因をみつける努力を忘れないで下さい。自転車に必要な筋肉は、自転車に正しく乗ることでしかつきません。そこを忘れずに、ステキなスポーツバイクとの付き合いをされることを祈っています!

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