Timeがアルプデュエズで描く、ヒルクライムの理想像 Takehiro Kikuchi

 

 

タイムから久し振りにニューモデルが発表された。“IZON”(アイゾン)に替わるニューモデルの名称は“Alpe d’ Huez”(アルプデュエズ)。ご存じの方も多いだろうが、ロードレースに使われるもっとも魅力的な峠の名前である。このフランスの峠は“カンピオニッシモ”と呼ばれる伝説のチャンピオン、ファウスト・コッピをはじめ、数多くのチャンピオンが名勝負を繰り広げてきたヒルクライムの聖地だ。上りを得意とするヒルクライマーだけでなく、上りの苦手な人こそ、軽快に駆け上がることを憧れる地。人気ブランドのニューモデルというだけで注目に値するが、これまで凝った車名に無縁だったTimeが、こんなにも分かりやすい象徴的な車名を掲げてきたあたりに自信のほどが伺える。

“アルプデュエズ”には大きく分けて2つグレードがある。上位モデルの01と、下位モデルの21の違いは簡単に言えば素材の差だ。両車の差は重量にして90g。アイゾンと比べて01は8.6%ほど軽く、フレーム重量の公称値はタイム史上もっとも軽量な840gである。また、重量剛性比をみると01は21よりも140%も平均剛性が高い。さらに、01にはチューブの表層に施されるコスメチックレイヤーを廃した限定モデルもある。01は通常のモデルもフロントフォークがクラシックと緩衝構造を持つAktiv(アクティブ)フォークの2種類から最適なフォークが選べる。

 

 

今回、用意されたのは01のAktiv仕様。コンポはシマノ・デュラエースDi2、ホイールはLightweightの山岳用ホイール“GIPFELSTURM”(ギップフェルシュトルム)。高性能を謳うタイムに相応しく、コストに上限を設定せずにパフォーマンスを優先したアッセンブルが施されている。デュラエースが黒くなったせいもあって、黒光りする車体はいかにも軽そうで、内包するエネルギーが押さえ込まれているような迫力がある。アイゾンよりも獰猛で、エアロ仕様で重厚感のある“サイロン”よりも軽さを感じさせるフォルムは、00年代にライバルを圧倒していた頃の“VXRS”を彷彿をさせ、所有欲をかき立てる美しさがある。

すべての試乗車を同じルーティンで乗る。そのように心がけてはいるが、実際に同じようにはできていない。特別な自転車は、乗り手にも特別待遇を求めてくる。アルプデュエズに跨がり、左足をビンディングペダルに押し込むと、心地よいロック音がする。クリートのエッジが甘くなっていると、グニャッと歯切れ悪いが、そんなことがないように、前の日に新品と交換しておいたのだ。そして、はやる心を抑えて、ゆっくりと丁寧にウォームアップして気持ちと体を整える。それが高性能モデルと対峙するときの作法であり、そうした緊張感を求めてくるのが超高級モデルの凄みである。

 

 

美味しいレストランと一緒で、いい自転車は前菜やウォームアップでも、実力を垣間見せるし、素晴らしい走りを予感させてくれる。峠に向かう緩斜面をアルプデュエズ01は滑るように走る。まるでタイルの上に転がしたビー玉のような硬質でフリクションロスの小さそうな走行感は、いかにもヒルクライム用である。この質感にLightweightが影響しているのは間違いないが、フレーム側の変化も小さくない。たとえば、専用のシートポストはセットバックが0㎜となった。Timeユーザーなら分かるだろうが、サドル後退量は従来のウィークポイントの1つだった。ペダリングの軽さは複雑な要素で成り立っていて、ハンガーハイトやチェーンステー長だけで語ることはできないが、BBと着座位置の関係が最適化され走行感を軽くしているのも間違いないだろう。

巷間言われるように、軽量化はヒルクライム用のみならず、スポーツバイクの性能を向上させる特効薬である。しかし、必要な強度や剛性を失わない限り……という前提条件を忘れてはならない。UCI(国際自転車連合)が最低重量の設定をしているのは、軽量化のための軽量化が多大なるリスクを招くからだ。技術は日進月歩で進化を遂げている。UCIが定める6・8㎏という数値が適正化だとは思わないが、それ以下の重量でレースに出られないなら、やはりレーシングバイクというのは6.8㎏以上のバイクに使われるべき言葉だ。ならば、6.7㎏以下は?というなら、エキゾチックやラグジュアリーバイクと定義すべきであろう。

本題から話が逸れたので、元に戻そう。現在、もっとも軽いカーボンフレームは650g。軽量マニアにしてみれば、アルプデュエズの840gは笑ってしまうほど重い。レーシングバイクとしては十二分に軽いが、ダイエットマニアを歓喜させる値ではない。その理由は簡単だ。タイムがそれを望んでいないのである。開発の陣頭指揮をとるザビエル・ルサブシャールも「軽くするだけなら簡単です。ブレイドの積層を減らせばいい。しかし、必要な強度や性能を失ってまで軽くする必要はない」という。

カーボン繊維強化プラスチックの重量の多くは樹脂である。全体を左右させるのは樹脂の含浸比率で、プリプレグ方式と比べて、Timeが採用するRTM工法は単純な軽量化には適さない。ただし、肉体改造と同じく、大切なのは中身である。体重が軽くても体脂肪が多いとキレのある動きができないように、重量が軽くても残留エアポケットや不純物の混入があると、カーボン繊維の性能を100%は引き出せない。開発チームの狙った強度や必要な剛性も出ない。となれば、開発者は安全マージンを取らざるを得ないし、そのパフォーマンスの高がしれていることは想像に難くないだろう。

 

 

峠に入ると、いよいよアルプデュエズは本領を発揮する。サイクリングペースなら、3–4%の緩斜面を苦ともしない。隣を走っている仲間が変速し始めても、こちらの変速タイミングはあきらかに遅い。5–7%程度の勾配であれば、いつもよりシッティングで2枚ほどギヤが重い。この差がどれほどのアドバンテージなのか……。味見程度ではあるが、選手や強いライダーの感覚を垣間見るような気分になれる。そして、スタンディングで加速をくれても、強靱なフロント周りは弱さの微塵も見せない。ヒラリヒラリとバイクが舞い、前へ前へと標高を稼いでいく。

Timeのロードバイクが世界的に高い評価を得てきた理由の1つは、フロント回りのスタビリティの高さにある。フォークとフレームが統合するエリアは、構造的にはウィークポイントであり、ライバルに差をつける勝負所でもある。アルプデュエズは新しいヘッドセットと、ヘッドチューブ長を短くすることで、さらに剛性感を上げてきた。これはプロからフィードバックされたリクエストに応えたものだという。これは私のように身長が高く、身体の柔軟性が低いとメリットを感じない。だが、XXSやXSサイズが人気サイズの日本において、購入を本気で考えているシリアスライダーには、ヘッドチューブのコンパクト化は大きな魅力であり、好奇心でしかない人にとっては見逃しやすい魅力である。

ヒルクライムだけを考えるなら、フロントフォークの選択は悩ましい。軽い分だけクラシックフォークは優位かもしれない。しかし、1つの峠だけを登るシチュエーションは相当に限られている。普通に考えれば、上りの数だけ下り坂が存在し、“山の性能”として考えるなら、下りでアドバンテージが得られるなら、それもプラス評価される。アクティブフォークは振動減衰特性に秀でており、速度が高くなればなるほど、路面状況がタフになるほど減衰効果を発揮する。簡単に言えば、体感速度は遅くなる。言い換えると、いつもの感覚で走れば、実際の速度は圧倒的に速くなる。さらに、同じ速度なら疲労を抑え、距離が長くなればなるほど巡航速度や登坂力にも影響を与える。なので、総合的に考えれば勝負にはならない。

 

 

それでもアクティブフォークについて評価が分かれており、その理由については少々残酷なことを書かねばなるまい。ブレードに共振構造体を内蔵するアクティブフォークは、視覚から得られる情報と、手に伝わってくる振動に違いがある。これはスポーツバイクの経験が長い人ほど違和感があり、ちょっと借りて乗った程度では本当の良さを理解するには至らない。試乗記事を書いている手練れのライターであれば、操縦性に高い評価を与えないだろう。

しかし、Aktivフォークのユーザーたちに言わせれば、「乗りこなせなかったんだね」となる。Aktivフォークとは「いつかはTime」と言われる中にあって、さらに特別な存在だ。これから先、Timeの歴史を紐解いていくときに分水嶺になる。Time Feelの同一線上にはあるが、“モノが違う”。限られた人にだけ与えられる特権のような乗り心地に、好き嫌いはあってもライバルは存在しない。

最後の問題はブレーキだろう。将来、アルプデュエズのラインナップにディスクブレーキが加わるのは間違いない。総合的なパフォーマンスを考えればディスクブレーキに分があるが、ヒルクライム限定で考えるならリムブレーキの魅力も捨てがたい。最近のバイクはテニスのデカラケのようにスイートスポットが大きく、どんなコースも苦手としない。そこを敢えてヒルクライムをセールスポイントにしている点を汲みし、ホイールの進化が遅れていることを鑑みると、リムブレーキやクラシックフォークという選択肢も悪くない。カッコ良さには我慢や抑制が求められるものであって、万能性やコストパフォーマンスは低いほうがいい。してみると、“Scylon Disc”(サイロンディスク)のオーナーであれば、アルプデュエズはリムで……という選択も素敵に思える。

後日、いくつかホイールを換えて乗ってみたが、タイヤやホイールによってアルプデュエズはいくつもの顔があった。仕様によってアタックしたときの急加速で輝くタイプもあれば、トルク変動の少ないイーブンペースが快適な組み合わせもあった。ペダリングの軽いクライミングバイクであることに変わりはないが、自分のスタイルに合わせて仕様を作り込んでいくノウハウも求められる。コストを抑えたい人のためにアルプデュエズ21も用意されているが、コストを考えずにパフォーマンス追い求める人のバイク、それがアルプデュエズ01である。《菊地武洋》

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